洋野町

人々がふれあい 心豊かに いきいきと躍動するまち
サイトマップ お問い合わせ 検索

ホーム > 洋野町の紹介 > 洋野町のプロフィール

洋野町のプロフィール

まちの概要、まちの沿革をご案内します。

「人々がふれあい 心豊かに いきいきと躍動するまち」

位置・地勢等

洋野町地図

岩手県の北東部に位置する洋野町は、久慈広域圏に属し、北は青森県三戸郡階上町、南は久慈市、東は太平洋に面しており、西は九戸郡軽米町に接しています。

面積は303.20平方キロメートルで、山林が210.70平方キロメートル(69.5%)と地域面積の7 割を占めています。次いで耕地、宅地等を除いたその他面積が35.26平方キロメートル(11.6%)と地域面積の1 割程度を占めています。

洋野町は、概ね東経141°34′から141°47′、北緯40°12′から40°26′の位置にあり、海抜100m前後を境として、気温・降水量等に差異がみられ、大きく西部高原地域と東部海岸地域に大別されます。

西部高原地域は、夏季は東部海岸地域に比べて気温が4℃〜5℃高く、冬季は積雪が多く、内陸型気候を示しています。一方、東部海岸地域は、海岸気象の影響を受け、春から夏にかけて「ヤマセ(偏東風)」に伴う濃霧が発生するため、湿度が高く日照時間が西部高原地域に比べて短い気象条件下にあります。

町章

ブルーとグリーンの躍動する流線を配して海と高原の融合を表現し、日の出を思わせる生命観溢れた円が、人々のふれあい・調和・心豊かな暮らしを表しています。

洋野町の町章

町民憲章(平成19年2月1日制定)
 1 海と大地をまもり、自然とともに生きるまちをつくりましょう。
 1 助け合い、元気で働く豊かなまちをつくりましょう。
 1 よく学び、文化の薫り高いまちをつくりましょう。
 1 心と体をきたえ、健康なまちをつくりましょう。
 1 きまりを守り、安全なまちをつくりましょう。

洋野町の花、鳥及び木
(平成19年2月1日制定)
(花)
つつじ
 町を象徴する久慈平岳をはじめ、町内全域の山野に自生し、豊かな色彩と深みのある花の色は、町民の融和とまちづくりへの情熱を表すシンボルです。
(鳥)
かもめ
 豊かな海の恩恵を受ける町の象徴として、大海原を自由奔放に飛翔する姿は、輝かしい未来への夢と希望を表すシンボルです。
(木)
あかまつ
 町内全域に生育し、厳しい自然条件のもと、常緑で天高く伸びる雄姿は、発展への強い意志と限りない成長を表すシンボルです。

三役
町長
水上 信宏
副町長
日當 博治
副町長
奥寺 保雄
議会
議 長
粒来 富雄
副議長
福島 秀雄
議員数
18人

産業構造 (平成12年国勢調査 旧種市町、旧大野村合算)
項目
産業人口
人数(人)
割合(%)
第一次産業
2,035 21.6
第二次産業
3,565 37.9
第三次産業
3,807 40.5
総数
9,407 100.0


洋野町の沿革

本地域では、縄文時代の各遺跡から数多くの土器・石器片等が発見されており、本地域での人々の生活の様子が伺われます。
中世には糠部郡に属し、古くから馬産地として知られ、江戸時代の寛文4 年(1664 年)に八戸藩が創設され、八戸藩領となりました。

旧種市町では、昭和26 年種市村が町制施行により種市町となり、昭和30 年2 月に町村合併促進法に基づき、種市町と中野村が合併して、種市町となりました。
旧大野村は、明治22 年4 月の町村制施行により、大野村・帯島村・水沢村・阿子木村の4 村あわせて大野村と称するようになり、昭和30 年1 月に軽米町大字上舘の一部を境界変更により編入しました。

地場産業の振興や人的交流の中で、独自の歴史や優れた伝統・文化を築いてきた両町村でしたが、合併を望む意向が双方において示され、平成18年1月1日「洋野町(ひろのちょう)」が誕生しました。

合併までの経緯

ページ先頭へもどる
お問い合せ課一覧アクセスマップ個人情報の取扱いについて